悲しみの日記
2007.10.27【あれから10日】
娘が事故にあってからいつの間にか10日。今も娘がいなくなったことが信じられません。時計が止まったような生活。いつも4人一緒だったのに…心がしぼんで固まってます。10月16日以前には想像し得なかった今の状況です。一人になると言い得ない寂しさが押し寄せてきます。だから誰か遊びに来てー。
2007.10.28【本日の訪問者】
娘の友人が遊びに来てくれた。娘の部屋で遊んでくれた。奈那が元気な時に呼んであげたかった。また遊びに来てな!
誰もいないとマイナス人間になる。自分が人生の敗北者だと考えたりする
2007.10.30【即場復帰】
13日ぶりの職場復帰である。 こんな事故がなければ普通に勤めているのに… 人と会って説明するたびに暗く重くなっていく。 今週はこんな感じかな? 聞けば、同じような境遇の話は少なくない。 親戚の子供が自殺した。 兄弟が子供の頃亡くなったなど。 みんな言わないだけで、実は心に傷跡を残しているのか?
2007.10.31【深い体験】
こんなに深いところまで沈んでいって、浮かび上がってこれるかな。「悲しい」と「苦しい」と「嬉しい」はあるんですけど、「楽しい」がないんです。職場にいても、自分のところだけ暗いんじゃないかなって思うんです。「今どん底だから、これからは上がるだけですよ」といわれても、まだまだ沈んで行ってるみたい。「元気を出してね」と言われるたびに、どんどん疲れていく。
2007.10.31【悲しみの地雷】
今日、昼食のとき、ふと、家族4人で食事に行ったときのことを思い出す。ささいなことで、4人で笑いが止まらなくなる。特にナナはツボにはまると笑いが止まらない。 きっと学校でも良く笑っていたんだろう。それで友達いっぱいなんだ。 あの笑い声が聞けないと思うと、悲しみがあふれ出した。これからも事あるごとに、この悲しみの地雷を踏むのかな? ナナに教えてもらったよ!
「数学よりも何よりも笑顔が大切」ってこと
2007.11.02【園児のような高校生】
最近、娘の高校生活のエピソードを聞いて驚かされいます。
学生さん曰く、「私がぽつんと一人で悩んでいると奈那ちゃんが“どうしたん…大丈夫”って慰めてくれたよ」
教頭先生曰く、「私が赴任したとき“教頭先生こんにちは!”と初めて挨拶してくれたのが奈那ちゃんでした」
保育園の園児がそのまま高校生になったような、純粋な優しい子だったようです。知らないのは親ばかり。
奈那ちゃんの事故を受け、宇佐市は全自転車通学生にステッカーを無料配布することとしました。宇佐高校と事故現場の地域の住民は県に事故現場の歩道整備と外灯の設置を陳情しました。また宇佐高校は通学路での危険場所を調査し、同様の対応を要望したいと考えています。 また、宇佐高校の庭に奈那ちゃんの木を植える事となりました。 校長先生曰く、「今、宇佐高校では奈那ちゃんの風が吹いています」 ただ驚くばかりです。いつのまにこんなに立派になったのか…
2007.11.11【最悪の落ち込み】
昨日は、妻と些細な事で気まずくなり、最悪の落ち込み。仕事も休み、書き込みもできず… 以前であれば、喧嘩をする元気もあったのですが…ただ落ち込んでいくだけ。 頭はふらつき、体は震えて、「このまま病気になるのかな?」「どうなってもいいや」。1日ベッドに寝たきり状態。 残された家族は、荒海に投げ出され、板切れ1枚にしがみつき、浮き沈んでる状態かも?ちょっとした言葉にも溺れてしまいます。 これ以上失う事に臆病者です。奈那と残された家族3人の絆が一番大切です。
2007.11.26【奈那の忘れ物】
昨日は、49日に向けて、部屋を片付けていた。 すると、紙類の中から一枚の封筒が出てきて、表に「奈那のやから、勝手にさわらんでー」と書いてあった。 なんだろー思いながら、中を見てみると2万3千円のお金。 そういえば、「奈那、お金をなくしたかも…」といっていた。 私は「あんた、使わんうちになくしてどうするん…しょうがないな〜」とあきらめていた。 奈那はお金を使わない人でした。服買いなさいといっても、「いらない」といって、欲しがらなかったんです。 その、封筒のお金を見たとたん、もう、そこから動けなくなって、片付けは終了。妻と涙々。 このように外にも内にも思い出が詰まっており、それに出会ったら、息苦しくなって何も出来なくなってしまいます。
2007.11.29【街はクリスマス、職場は忘年会】
街はクリスマス。職場は忘年会。 私にも忘年会の出欠が回ってきましたが………やっぱり行けないな。楽しい輪の中には居れないし、人も気を遣うだろうし、どんな顔していればいいのか。娘が旅立ってから、心に段差が出来ちゃって越えられません(越えようとしてないのか、越える勇気がないのか)。どちらにしても、忘年会という段差は大きすぎます。 「楽しんだ方がいいよ」と言ってくれる人もいますが、何をすれば楽しいのか分からないようです。今は、皆さん(マイミクさん)の話を聞きながら、ひや酒呑んでるのが似合っているようです。
2007.12.02【気が重い四十九日】
今日は四十九日。親族40名余りが集まった。決められた行事なんて気が重いばかり。喪服に袖を通すと、当時の感覚が蘇り打ち沈んでいく。親族からは「落ち着いた?」「いつまでも悲しんでいると成仏できないよ」「生きている娘を大事にしていかないと…」などなど、お決まりのお言葉。 私は御斎の挨拶で、「寂しさは日増しに膨らんでいます。一日一日を過ごしていくことが精一杯です」、と釘をさす。元気なんかじゃないよ! そのうち、奈那の友達を呼んで、嬉しい行事を計画したいな〜。
四十九日まで寝食を共にしていた義母が、一時的に帰宅する事となる。とうとう奈那ちゃん+家族3人へ。妻の寂しさがヒートアップ。 明日は、パパは仕事、ネネは学校、お母さんは家で1人… 妻は、一人になるのが寂しくて寂しくて恐がっている。誰か遊びに来てくれないだろうか…
2007.12.06【奈那の誕生日】
今日は日曜日なので、1日早い奈那の誕生会を催しました。中学校剣道部の友達、高校の同じクラスの友達、15名ほどが集まってくれました。プレゼントもたくさんもらったよ。奈那がいれば、きっと満面の笑みで嬉しがったでしょう。その笑顔が見たくて見たくて苦しくなります。 友達が帰った後、妻の悔しさは募ります。「みんなブーツ履いてたね」「悔しいねー」「奈那にもブーツ買ってあげよ」って、さっそく次女と一緒に買い物に出かけて行きました。
2007.12.21【遺族調書】
今日は、黒船来航のように不安だった遺族調書に出向いてきました。 思っていたより警察官が丁寧で救われましたが、捻じ曲がった自転車や、ひびが入ったフロントガラスを見たときは、その場の光景が目に浮ぶようで…可愛そうで…悔しくて…なぜ、あの一瞬のレールに乗ってしまったのか。もう少しで家にたどり着いていたのに。 楽しい高校生活だったのに。
2007.12.25【サイン】
お通夜のとき、お経が終わった最後に、この曲を流しました。 Dreams Come True …あ・い・し・て・る・のサイン。最近よくテレビでもラジオでもかかるので、思い出します。 「ちゃんとあなたに伝わってるかな?」 パパはこれでいいのかな?…OKだったらサインが欲しいな…
何をやっても満たされないのはわかっているんだ。 どんなものでも、奈那に代わるものはない。 一生見つめていく心の空間。
でも、何もしないと、それもただ空しいだけ。 何か、投げ入れていかないと、何も聞こえないようで… だから、伝わっているつもりになって一歩一歩ゆっくりゆっくり 踏みしめていくよ。
2007.12.29【年末年始】
今日が仕事納めで、明日から年末年始の休みに入ります。 簡単に疲れ、簡単に傷つき、自分を殺しながら仕事をしてました。
私は家にいると安心する方なので、ゆっくりしたいと思います。 今年までは、親戚めぐりと初詣、きっちりこなしていましたが、 もうじき来る新年は、どこにも行かずひっそりと暮らすことでしょう。 しばらくは親族なんて会いたくもないし…
一般の方々が楽しく過ごす行事…これは私達にとって悲しみが溢れる記念日です。テレビで「あけましておめでとうございま〜す」なんて聞こえたら消しちゃうかも。 みなさんのお正月はいかがでしょうか?十人十色でしょうね。
2008.1.11【笑い声と違和感】
昨日は疲れた…。無理はしないように 本業以外の仕事は極力断ってきたが。 老人ホームでのレクリエーション指導断った。 ヘルパー研修の講義断った。 新年会、もちろん断った。 でも大学での講義は単位が組み込まれているため行かなくちゃならない。昨日は本年度最後の授業。恒例だったのでレクを行った。自分の中では自分を試す意味もあった。
疲れた。元気な人の笑い声にこんなに違和感を感じた。なぜか落ち込んでいく自分。以前は一緒に楽しんでたことが、こんなに自分を傷めるとは… 帰りの高速で心身ともに疲労困憊。そのとき、ラジオから大塚愛のプラネタリウム。「行きたい〜よ、君の所へ…」弱った心に突然悲しみがON。 泣き虫の子供のようにくしゃくしゃになって高速運転。私はやはり一人で運転してる時が一番悲しみ苦しみに襲われるようです。 土日は何もしない…っと!
2008.1.18【3回目の月命日】
今日は3回目の月命日。 あろうことか、私は2〜3日前から、インフルエンザに見舞われて倒れていました。それでパソコンも開かないままで。 最近になって大分のほうも寒くて寒くて… 車で帰宅中、「奈那ちゃん、寒くないかな?」って思ったら… そんなはずないのに… 無性に悲しくなって、運転しながら泣いてます。 きっと夏になったら、 奈那ちゃん、のどかわいてないかな?」って思ったら、 また、泣いちゃうんでしょうね。 まだ、3ヶ月。1年経ったらどうだろう。3年たったらどうだろう。 先の長い戦いです。
2008.1.24【近況】
最近また、無性に不安になって額をかきむしっています。仕事へのパワーなく、職場に行きたくない感じで。
一人でちっちゃな仕事できないかな…誰も知らないところへ行っちゃいたい…なんて考えます。自分のことで精一杯で、人のお世話まで頭が回りません。以上、家計を守らなければならない夫の泣き言です。
妻は、最近、不整脈で受診投薬を受けています。一人で家に居る事が恐くて不可能です。 次女は、まだ、よく学校を休みます。学校に行っても浮いた存在になっている様子です。 ノンちゃんは順調に大きくなってきました。欲求不満かトイレシートを切り裂いてしまいます。
2008.1.31【携帯着信あり】
最近よく、携帯に電話がかかってくる。 遅れに遅れていた香典返しの品が、忘れた頃に、みなさんに届いていて、そのお礼の挨拶の電話だと思われる。 でも、携帯をつながない。なぜ? 良く知ってる人ほど、話したくないから。 携帯の向こうから、何て言うのかが、手に取るように解かる。 「今日届きました。有り難うございました。気になさらなくともよかったのに」「いえいえ、つまらないものですけど…」
ここからが、心穏やかでない。
「落ち着きましたか」 「早く元気になってくださいね」 これに、その都度、答えることは、苦痛としかいえない。 だから、電話に出ないというか出れない。 妻はよく話してるよ。 電話に出れない自分のほうが鬱的か。 きっと逆の立場なら自分も、そう言ってるかもしれない。 伝言入れてくれないかな。 やっぱし、連絡した方がいいかな。
2008.2.19【4回目の月命日】
昨日、4回目の月命日。いろいろあった。 良かった事、嫌な事、今言える事、今言えない事… 4ヶ月も経ったので、「落ち着いた?」いえいえとんでもない。
[良かったこと] ガールスカウトの友達から修学旅行(北海道)のプレゼントが届いた。みんな気にかけてくれる。これも奈那の人柄だ。
[嫌なこと] 葬儀社から、支払いが随分遅れたとのことで、利子分20万円上乗せされた。サラ金のような葬儀社。
[今言えること] 北九州のSさん(同じ高1の息子さんを、同じような交通事故で亡くした方)の加害者が障害者(筋ジストロフィー)だと知り、奈那の加害者も障害者(左目が義眼)だと今更ながら気が付いた。私の仕事はリハビリテーション。障害者を助ける仕事を習わいとしながら、障害者に娘を奪われるとは、あわない話だ。
[今言えないこと] いいことなんだけど…まだ言えない。
4ヶ月経っても、私達にはあの時のまま。深く沈んでいったあの日。泣きながら叫んだ声。世界が一変したあの日。
2008.3.14【本を読む時期】
今月(3月)から妻(チコ)は以前勤めていた泌尿器クリニックにAMだけ仕事に行き始めた。妻には家に居るより、職場で人と話す方が癒されるのだ。仕事で疲れてコタツで寝てしまうことが多くなった。
それにつられて、ネネも頑張って学校に行くようになった。でもまだ学校は疲れるようだけど…。すぐ春休みだし、2年生になって心機一転なるかな。
私はというと、最近取り寄せた「死別の悲しみを癒すアドバイスブック」を読んでて、かえって悲しみが増えている様子。
第7章 子供を亡くした親の悲しみ
    ・これ以上つらいことはありません
    ・究極の悲劇
    ・未来が突然断たれた
    ・果てしない絶望
辛い文章を読んでいると、少し前の状態に戻ってしまった感覚。
読む時期が悪かったのか… ふと、遺影の笑顔を見て、問いかけてしまった。 「奈那ちゃん、なんでパパの前から居なくなったの…」 悲しみの大波が押し寄せてきた。
2008.3.15【1日遅れのホワイトデー】
日記のコメントに 奈那から私へのメッセージは“おもいやり”だと書いた。 そう…奈那は純粋で思いやりのある子だった。 “おもいやり”私にはなかったものだ。 仕事で成功する事が幸せだと思っていたのだ。
昨日、「ホワイトデーだ」ってことに気づいて、奈那とネネとチコのプレゼントを買い…いつもネネと遊んでくれる妻の友達の分まで買った。 妻の友人で、よく来てくれて、ネネの友達のように接してくれる人。 私は彼女らの分もプレゼントを買った。 妻(チコ)は驚いた様子だった。
そう、私はそんな気が利く旦那じゃない。“気が利かない”を自慢していた男だ。 私は、奈那に「おもいやり」という言葉を教えてもらったのか。 「親しく近寄ってくる人は信用できない」と人間不信のような私。当然友達と呼べる気の許せる人はいない。そんな気の利く人間じゃない。
“おもいやり” 自分の成功しか考えてなかった私。
“おもいやり” 自分の成功が家族の幸せと思っていたのか…
“おもいやり” なぜ気づかないのか…
“おもいやり” 「マイミクの皆さん、みんなありがとう。」 1日遅れのホワイトデーの言葉です。
昨日から、悲しみの大波に見舞われ、早々にお酒のみながら書いてます。酔っ払いかもしれません。
2008.3.29【昨年の今頃】
昨年の今頃は、幸せだったのです。 昨年の今頃は、高校受験も終わり… 柳ヶ浦高校看護科、 東筑紫高校特進科 、宇佐高校 。すべて合格し、「奈那ちゃん、よかったやん、頑張ったね。珍しくパパもにっこり褒めましたね。 奈那も、はにかんでにっこりしましたね。 こんなことになるのなら、もっともっと褒めてあげればよかった。 そして、一番無難な宇佐高校を選びました。
違った選択肢を選んだらどうだったんでしょうか? 柳ヶ浦高校だったらもっと近かった。 東筑紫高校だったら電車通学だった。 一番無難だったはずの宇佐高校。 たった6ヶ月あまりの高校生活になりました。 短すぎます。
それでも、とっても楽しく有意義な高校生活だったようです。 たくさんの友達、楽しいクラブ活動… まだまだ楽しい日々が続いていたはず。それなのに… 宿命だったのか?
今年もまた桜が咲き始めました。 私達には、悲しすぎる桜です。 これからも私達に幸せな春はやってこないのでしょうか。昨年の今頃は、幸せだったのです。 今、それが痛いように解かります。
2008.4.7【スピリチュアルボイス福岡講演】
江原さんのスピリチュアルボイス福岡公演に行って来ました。 会場はマリンメッセ福岡 。
はじめはソニック(日豊本線の特急)でゆっくり行くつもりでしたが、 次女の要望で、車で行くこととなりました。 高速走って2時間と15分ほど。 早く着いたつもりでしたが、すでに入り口には長蛇の列。 あらためて江原ワールドの壮大さを見せ付けられました。
実は会場で一般席のチケットが手に入ったため、立見席のチケットはいらなくなりました。おかげでゆっくりと公演を楽しむことができました。幻想的な会場、スピリチュアルな歌、ユーモアを交えたお話。 公開カウンセリングは5例。残念ながら私の質問が選ばれることはありませんでしたが、2万人もいれば宝くじに当たるような確立ですね。 会場はほぼ満席状態でしたが、なぜか私の右隣の席は空席になっていました。ふと、奈那が座っているような気がしました。 私にとっても久しぶりの遠出でしたが、そんなに疲れは感じませんでした。奈那も久しぶりに、家族一緒のドライブを楽しんだかな。
私は、そこに奈那を感じた時、きっとそこには奈那が居るんじゃないかと思っています。生きてる間はできるだけ奈那の存在を感じて生きていきたいのでしょう。
2008.4.18【6回目の月命日】
半年経った。 世間は変わっていき、大きな衝撃も忘れ去られていく。 交通遺族となった私たちにも、以前同様の自分を求められてくる。 世間には過ぎ去った事。 でも…私は…もう…以前の自分には戻れないと確信している。
私たちの心は、あの時のまま何も変わっていない。 世間に接する時に仮面を被っているだけである。 引き裂かれた心は、傷だらけのまま。 一人になると、娘の事ばかり考えている自分がいる。
あっという間の6ヶ月。 過ぎていく時間を感じていないくらいだ。 しかしこの半年で、私の1つ目の目標がスタートする時がやってきた。 目標その1・・・HP公開。 奈那の存在を、思いの灯を消したくない思いで、お粗末ながら用意してきた。思いの灯を持っていくことが出来るのは私たちである。どこまで奈那の思いを膨らませてあげられるか…一歩一歩である。
2008.5.10【笑顔の力】
笑顔は力を与えてくれます。 私は時々、脳性マヒの方のリハビリに出向いていますが… 実は、私が彼らから笑顔を貰ってるのだと思っています。
彼らはたくさんの笑顔を私にくれます。それも全身で表現して…。 でも、私は心からの笑顔を返していないのかもしれません。 社交辞令の笑顔しか持ち合わせていないのが現状で… 笑顔のバトンリレー・・・できてない。
皆さん、 笑顔を貰い受けることが出来ますか。 どなたからか笑顔を貰っていますか。
笑顔をプレゼントすることができますか。 どなたかに笑顔をプレゼントしていますか。
私は、 娘の笑顔の写真を見ても、切なく悲しい顔しかできません。 心から笑顔になれる日が来るのか・・・解かりません。
でも笑顔のバトンリレーが大切だと思っています。 家族4人で食事しながら、みんな笑いが止まらなくなったあの日が、いかに幸せだったか。
もう、あの日には戻れないけど、 あんな幸せはもうこないだろうけど… いつか小さな笑顔でも返せるようになったら…
2008.5.18【7回目の月命日】
日曜日の月命日は珍しく、 そう、私としては珍しく月命日のお経を聞く事ができました。 旦那として仕事は煩わしい宿命ですね。
次女のネネは、最近、友達の家にお邪魔する事が多く、帰りが遅っ。 やっぱり奈那が居ないと話し相手(喧嘩相手)が居ないので、 家に帰っても物足らないのでしょう。 思い起こせば…声の張りが違う。
妻のチコはせっせと庭いじり。 何故かと言うと、やっぱり一人で家に居れないから。 パートの仕事が終わっても、家に入らず庭に居る。でも、「胸が苦しい、動悸がする、家に居れない」の発言は比較的に減ってきたかも?
ノンちゃんは、ドックフードをあまり食べなくなりました。その心は、私がついついいろいろあげちゃうんで…おかげで重くなっちゃって、肥満体になりつつあります。走れーノンちゃん犬
先日、私は、郵便の配達間違いで、どうしても、行きたくないところに行かなくてはならなくなって…なぜイヤなのかというと、以前の私を良く知っている人には会いたくないから。 どうしよう。行きたくないな。でもコレ渡さないと困るだろうし…。 そこに着くまで迷っていましたが、意を決して「こんにちは…あっ…おはようございます」。 顔は火照るし、何言ってるか分かんない。 家族の中では、私が一番うつ的かもしれません。心が閉じこもりで人と接したくないようです。
2008.5.27【4年前の手紙】
なんと今日、奈那から手紙が来た。 4年前、書いた手紙。
パパ・ママへ
元気で過ごしていますか? 車は安全運転で・・・ 火には気をつけてね! おいしいご飯をいっぱい食べてねムード
好きなスポーツ:卓球
得意な勉強:国語
大切なもの:おばあちゃん・パパ・ママ・ネネ・平和
将来の夢:理学療法士・薬学部
だそうです。
きっと大分国体に向けて学校で書いたものと思われます。 全く知りませんでした。
4年前は小6か・・・
車は安全第一だったのに・・・ 大切なものは家族と平和・・・
ところどころ誤字もありますが、丁寧な字がまた悲しいです。
2008.6.8【友達と焼肉パーティー】
昨日は、奈那の高校の友達(5名)と庭で焼肉パーティーでした。 かねてからの約束でしたので。 もう梅雨雲がそこまでやってきていますが、 昨日は、何とかもちました。
みんな、大人っぽくなっちゃって、 話す内容は彼氏や恋愛の話などなど(妻が相手をして、私は影法師です)
奈那は「おこちゃま」だったから。化粧もほとんどしたことはないし。 化粧したのは、保育園の発表会か、お寺のお稚児行列の時くらいか?
高校になってからも、私が「今日は奈那の部屋で寝てもいいか?」というと、二つ返事で「いいよ」って2人で寝てた。 奈那が大人になったらどんなんだろう。 大人になっても、ニコニコして首を傾げてるんだろうか。想像できない。 私の中では、いつまでも純粋な15歳のままなんです。 妻は、奈那とその友達に浴衣を買ってあげました。七夕に奈那と一緒に遊びに行ってね。奈那はみんなと遊びに行くのを楽しみにしていたから・・・
2008.6.22【奈那らしい】
写真奈那が中1の時の写真。 ここはリバーウォーク(北九州市)。 普段の奈那らしいと言う意見で夫婦意見一致。 奈那はパパ似だから。 奈那に直接逢えなくなって8回目の月命日が過ぎました。 この写真を見ると空しく残念な気持ちでいっぱいです。
2008.7.8【祭壇の模様替え】
昨日、妻が泣きながら、奈那の祭壇の模様替えをしていました。 初盆が近いので、そろそろお尻に火がついてます。 でも、奈那の物を手に取ると、必ず辛くなる運命です。 すると最近ご無沙汰だったオーブが・・・ どこに行ってたのか。 「ようやく片付け始まったかな」って見に来たのかも。 泣いてると心配するかもしれませんが、 奈那にも、子供を亡くす事がどんなに辛い事か解かって欲しい。
この先、何かで、知らない人たちに「よく頑張りましたね」と言われても・・・その足元は針の山に立ってるのです。何があっても、それは苦しみと悲しみの上にあるのですね。
2008.7.13【妻の弁当】
最近、妻が仏前に弁当をお供えしている。 高校になって、昼食が弁当になり、 お母さんの作る弁当を楽しみにしていた。 友達に「奈那ちゃんの弁当美味しそう〜」って言われるのが嬉しかったようで。奈那からそう聞くと、妻もまんざらのようだった。 高校では、どこで昼食を食べてもOKで、他のクラスにいって友達と楽しくお昼してたのだろう。
でも楽しい高校生活は6ヶ月間。花の命は短すぎです。 楽しいこともっともっとあったはずなのに・・
2008.7.27【ココ2週間の不具合】
長らく日記が止まっていた。 書かなかったのか?書けなかったのか? 何か気が焦って、どうしていいのかわかんない不安感。 初盆は近いし、裁判は不明だし。
7月の健康診断で引っかかり 高尿酸血症。つまり痛風の予備軍。 それもそのはず。親父は痛風もちだし。 私も2度の腎結石の発作にみまわれている。 2度目は葬式の朝だった。
最近、私が5年間担当していた患者さんが亡くなって 葬式に行ったりして。 喪服を着ると容易にあの時の事が蘇る。 事故からの6日間が詳細に。詳細に苦しむ。
パソコンのmy pictureを整理したのが仇になり そのうちパソコンが不具合になって (ビルダーとネットの関係が不具合に) 引き続きの流れで、心も不具合になって。 焦燥感と不安感と無気力がスクランブル。
街はお祭り・花火で賑わって いつもだったら家族4人で出かけているはずなのに・・・ 話題にも上らなかった。 奈那の友達は着物を来てお祭りに行ってくれた。 きっと奈那も一緒に行った事だろう。 彼女達の輪の中に奈那の姿は見えないだろうが。
2008.8.12【初盆真っ只中】
8月10日の初盆会(親族の集まり)も終わって、12日明日から仕事も休みになって、ホッと一段落。初盆の前に検察庁で痛めつけられたので、ずーと眉間にシワがよってたかも。
初盆で祭壇を組む事は珍しいとのこと。 8月8日から初盆参りのお客さんが続いている。学生さん、友達。 妻はしゃべり疲れているが、親族に会うよりは確実に楽しそうである。 私は専ら妻の後ろで話を聞いている無口な旦那。
初盆の祭壇はリビングの方で組んだ。床の間では入りきれないだろうと言う意見で一致したので。 すると、いつも床の間で写っていたオーブもリビングに移ってきた様子。 友達や親しい人が来るたびにオーブが写る。
ある友達は、奈那に伝えたい事があったのに、今まで伝えられなくて 気にしていたらしい。オーブを見せて「ななちゃん来てるよ」と伝えると、号泣していた。奈那に励ましの手紙をよく貰っていたとのこと。
それにしてもみんな忘れずに来てくれるので有難く思う。そして今更ながら奈那の人望にはただただ脱帽である。
2008.8.25【事故現場から花がなくなる事件】
8月14日(木)夜、供養盆踊りの後、友人と一緒に事故現場に花を持っていった。すると、以前からお供えしていたお花や飲み物、それを入れていた容器も無くなっていた。交通死被害者の会(TAV)からいただいた風車も無くなっていた。学生さんがお供えしてくれた花は投げ捨てられていた。このような被害者の気持ちを踏みにじる行為に私たちは打ちのめされてしまった。このようなことをするのは誰なのか。
8月17日(日)朝、泊まっていた母が帰る時、事故現場を通ると、14日にお供えしたばかりの花も全部撤去されていた。妻はまさかと思い確認に向かったが、その通りだった。まさかと思い、そこの田んぼの持ち主にお礼も兼ねてお伺いしたら、「私は何もしていません」との事だった。妻はショックのあまり動けなくなった。私たちには花をお供えする事しかできないのに。
2008.9.18【11回目の月命日】
11ヶ月も奈那に会えてない。 今もなおそう言い続けています。 来月は一周忌。先月初盆が終わったばかりなのに。 誰の為の一周忌なのか。 世間一般の風習に振り回されているよな違和感。
8月の経緯で・・・
妻は歯も抜けて相当痩せました。1日の疲労感は想像以上です。 ネネは大分国体もあってガールスカウト行事でお疲れです。 私は以前の私を要求される仕事が増え、仮面を被って勤めています。
19:30頃、納骨堂にメロンとお菓子を持ってお参りにいきました。
暗い小さな納骨堂。一時的に預かってもらっていますが、やっぱり寂しい納骨堂。「早く美しい場所(お墓)に行こうね」って意を新たにしました。
2008.10.9【石ころのような辛いこと】
一般の方々が気づかないような辛い事が石ころのようにあって、 この前は、健康保険の扶養届けの奈那の欄に死亡ってかきゃなきゃならなかった。書き込むのに勇気が必要だった。
先日、妻と遺影の前で言い争いになり、「検察庁に電話するのも辛いんだぞ」って言ったら、「死亡診断書取りに行くのも辛いのよ」って返された。内心、負けた!と思った。
人知れず 辛い事のみ 多かりき ですね。
2008.10.16【去年のこの瞬間から始まった】
今日、18:20。 私は、奈那が自転車で帰っていたであろう事故現場を車でゆっくり通り過ぎた。山の端に少し夕焼けが残り、ちらほらと星が瞬く細い道。 奈菜が事故に遭ってからしばらくしてこの道にも外灯がついた。よくある手遅れである。
奈那の影を追ったが、やっぱり居るはずも無い。 「奈那ちゃん」と声をかけながらゆっくりと自宅まで車を走らせた。 家まであと少しだったのにね。 普通に家に帰ってソファーで寝転がっていたはずなのに。悔しい。 家に帰り着いても当然のごとく痕跡は無い。
去年のこの瞬間から始まった。 前触れもなく、理由もなく。
2008.11.5【秋】
一周忌も過ぎ去ったのに、なんだか歯を噛締めるような時が多くて、辛さなのか、不安なのか、焦りなのか、心は秋のさざ波のようです。やっぱり秋という季節がなせる業なのでしょうか?以前は秋が好きな季節だったのですが・・・今は鬼門です。 最近また体調が悪くて、肩はこるし、胃は痛むし、体力はないし「ハア」とため息です。 また、葬儀から人に言えないくらい出費がかさみ、保険関係の手続きにも気が重くて手がつかなかったので、懐の中も危機的状況です。
今日は現在、一人で家に居ると、初盆のお返しのお礼の電話がかかるは、保険会社から電話がかかるはで、またため息です。昔から電話に出るのが好きじゃなかったので。
皆さんは一周忌のあとどのように過ごしたのでしょうか?何か新しく始めた事などあるでしょうか?旦那さんはどうでしたでしょうか?私も次女のように意欲があればいいのですが、閉じこもり人間なので
2008.11.28【子離れできない親】
今日、ふと・・・ 奈那ちゃん、どっかで泣いてるんじゃないかなって思ったらさあ大変。 もしそうだったら、行ってあげなきゃ可哀想。 手を引っ張って行ってあげなきゃ(子離れできない親です) こう考えたらだめですね。
「心地よい自由な世界に居るんだ」 そう思っているからこそ、何とかこの世で頑張れる。 そう思ってないと気が気でない。
でも、時々、悲しんでるんじゃないのかな・・・ なんて気がさす事もある今日この頃です。
2008.12.6【年の瀬】
楽しかったクリスマスなんていらない。 煩わしいお正月なんてなお更いらない。 年の瀬は娘が居ない寂しさがつのるばかり。
今日は大荒れの天気で、明日は雪が降るかもしれない。 奈那は雪が降ると綿帽子のように飛び回っていたね。 あなたにこんなかたちで逢えなくなるなんて。
行き場を失ったクリスマスプレゼント。 使われる事のないお年玉。 あなたに何をしてあげることができるのだろうか。
2008.12.24【最悪のイブ】
つい今さっき 招かざる客が約2名やってきた。 妻が次女をピアノ教室へ送っていったその後・・・
一人目は加害者。 命日は18日なのに、なんでクリスマスイブに来るの! 早々に帰ってもらった。
二人目は進路診断テストの訪問員。
「昨年、奈那さんがテストを受けていただきました。覚えてます?」 「もう2年生2学期も終わりに近づき、奈那さんは進路どうですか?」 「できたら、奈那さんとお話がしたいのですけど、まだお帰りになりませんか」 玄関に置いてあった奈那の写真を見つけて、「可愛らしい写真ですね。元気いっぱいですね。勉強頑張ってることでしょう。また、お会いできる時に出直してきますけど・・・」 と・・・たたみかけられて・・・ 相当ムカついて・・・イラっときて・・・
「昨年、交通事故で亡くなったんです。だからもう必要ないんです」と 言ってしまった。
後で、言わなければよかったと後悔。落ち込んでしまった。 なんという最悪のクリスマスイブ。
2009.1.1【2009の奈那】
 2009はこんなことがあるでしょう。
生命のメッセージ展:4月大分で開催予定。その前に経験しておきたいと思います。
民事裁判:気持ちを強くして立ち向かっていきたいと思います。出来るか???
お墓:頭に描いたお墓を造るぞ。親族にあれこれ言わせません。
高校での講演:想像しただけで泣いていますので、泣かずに話せるかが問題です。
三回忌(10月):奈那の友達に集まってもらい、嬉しい三回忌にしたいと思います。
こうすることで、またなんとか1年を生きていきたいと思います。
奈那の存在感をつないでいくことが、奈那のもとに召されるまでのライフスタイルです。
2009.2.3【揺らぐ】
最近、また、車の中で泣いてるんですよね。 BGMにB'zが流れてるせいなのか。 一人で運転してると、いろいろと思い出して・・・ 病院で奈那の手を握っている自分や、 火葬場でスイッチを押せない自分や・・・ 走馬灯のようにリアルに蘇ってグチャグチャです。
こんな事では、人前で話すことなんで出来ないかもしれない。 そんな力なんてもともと無いのかもしれない。 自信が揺らいでいきます。 これくらいで、潰れてると「出来ないよ」という奈那からの試練でしょうか?
「zoo」を歌った川村カオリさんは、自身はガンと戦いながら、 「人のためになりたい」と素直な気持ちを伝えた。
白血病で美しいままこの世を去った本田美奈子さんの天使の歌声は 多くの人々を癒し魅了した。
悟りとは自分が魂に帰ることかも知れません。魂は素晴らしい。 今、奈那も同じくだと確信しています。 奈那は試練を乗り越えたんだね。パパはね・・・まだまだなんだ
2009.2.10【酔っ払い】
こんな人生を与えられた人たちがたくさん居る。
泣きながら生きていけというのか?
私たちの何がいけなかったのか?
私たちに何が出来るというのか?
私たちにどうしろというのか?
なぜ・・・ なぜ・・・逢えなくなってしまったの。 もっとも〜っと逢いたかったんだよ。あなたの笑顔。 無意識の中でそれは約束されていたはずなんだ。
でも、それは悲しい空想になってしまった。 あの時の笑顔・・・忘れなれない。 あ〜なぜなんだ。なぜなんだ。なぜなんだーーーーーーー。
過ぎ去った時を取り戻すとことはできない。 それは分かっている。 それは分かっているのだけど・・・ わがままな私は、それでも、願う。あなたの笑顔に逢いたい。
すみません。今日は久々に酔っ払ってます。
2009.3.6【保険会社来る】
昨日、保険会社の方が来て、お金の話をして帰っていった。 今日、握り寿司の弁当を食べながら、涙が止まらなくなった。 わさびがきつかったわけじゃない。 奈那の命がこんなちっぽけなお金の話になって・・・ 本当にお金なんていらない。 貧乏な4人家族でも、みんなで頑張っていければ・・・ 握り寿司食べられなくたっていい。 奈那がここにいて欲しい。 パパに文句の一つも言って欲しい。
そんな思いが立ち込めて、また急降下です。さいなら〜
2009.7.3【FB】
仕事帰りの運転中、私が最も辛い場面がフラッシュバックしてしまいました。それも自分まで客観的に映っていました。
私は火葬場に居ます。奈那の棺桶の周りに親族が集まっています。
棺桶は、火葬の部屋に滑るように吸い込まれ蓋が閉められました。
私は子供のように泣きながら「奈那はいい子だったんです。奈那の幸せを祈ってください」と叫んでいます。立っていいるのがやっとくらいです。

蓋の横に丸くて赤い点火用のボタンがあります。火葬場の方も親族も私がボタンを押すのを待っています。

私は押せないでいます。
私が何で自分の娘を燃やしちゃわなくてはならないのか。
だれが、私にこんなことをさせるのか。
娘の笑顔も笑い声も燃えてしまうのです。
できる事なら、また家の連れて帰りたいくらいです。

でも、みんな私がボタンを押すのを待っています。
もう娘の顔を見ることもできないのです。
なんでこんな時がやってきたのか。
なんでこんなことをしなくちゃならなくなったのか。

どんな風にボタンを押したのかよく覚えていません。
しかし自分の手で娘を燃やしちゃったようです。
私は椅子に腰掛けることもなく、柱の横で呆然と立ちすくんでいました。

今日は仕事の帰りに車の中でボロボロになっていました。
2009.8.5【ボディーブロー】
今日は戸籍謄本をもらいに市役所に行った。
いつもは妻の仕事だが、 妻の学校と私の休日の都合で、私が行くこととなった。

戸籍謄本の奈那の欄に、除籍と書いてあった。 「そうなんだ」と思ったら、 ボディーブローのように効いてきた。
2009.11.10【逢うことに飢える】
いろいろやっても、気持ちの状況は変わらない。
娘と逢うことに飢えている。
お水とご飯とお菓子とお供えして 。ろうそくに火をつけて線香をねかせて・・・
もっと何かしてあげられないのか。 何かしていないと寂しくなる。

食事に飢えることが続くと命が無くなる。
でも逢うことに飢えても命は続いていく。飢えた人生が続く。
おまけに食事にありつける事はあっても、
この世で娘に再会することはかなわない。
逢うことに飢えた人生からのがれることは出来ない。
また、この逢うことに飢えた人生を投げ捨てても、
そこで娘に逢えるかどうかも解からない。

何かをしても、何もしなくても、結局は一緒。 同じステージの上でもがいているのでしょうね。
2009.11.18【順番】
奈那が先に旅立つなんて辞書になかったんだ。
まず私が先に行って、次に妻がおもむろに旅路に立って、
奈那と寧々の姉妹が協力して生きていく想定だったんだ。
それでよかったはずなのに

奈那が旅立って、私はその予定がいかに浅はかだったかを突きつけられた。順番なんて虚像だったんだ。

この上、寧々(次女)が先に旅立ったらどうなる?
これは生きていけない。きっと自分が生きてることが許せない。
まだ底があるというのか。 寧々は何としても私たちを見送って欲しい。 今となっては手放せないお願いだ。

妻と私はどうだろう。 お互いに独りにはなりたくないだろうが、 妻には友達が居る。
私には友達と呼べる人が居ない。 やっぱり私が先に行くべきだ。
そうしていただきたい。 お願いだから。 そのようにしてください。
2009.12.3【嫌な月がやってきた】
また嫌いな月がやってきました。 12月は心穏やかではありません。

まず、年賀状を書かないことに罪悪感を感じながら、でも「何もおめでたくないので」という気持ちが強くて書く気が起こらない。また、来たぶんだけ寒中お見舞いにするつもりでいる。

12月17日は奈那の誕生日。18歳になった奈那はどんなんだろう。大学受験で頑張っているんだろうな。そんな話したいけど、出来ないんで、遺影とにらめっこするばかり。

12月24・25日クリスマス。今年も私は一人でお留守番が決定している。妻と次女は妻の友達のところへ遊びに行くので。そもそも私はパーティーもプレゼントも欲しくないので。お酒と本があればそれで十分。

年末年始は誰にも会いたくないので、何処かに雲隠れしたい気分。親族の家には行きたくないし、来てもらっても話すことないし。お年玉だけ現金書留で送っちゃだめかな。テレビで「明けましておめでとうございます」という言葉も聴きたくないし。できれば普通にさせていただきたい。

こんな風な12月&年末年始がまたやってきます。 普通に過ごす事に罪悪感やうつ傾向が感じられるこの時期です。
あ〜どこかに消えて居たいものです。
2009.12.13【面影】
木曜日から次女の寧々がとうとうインフルエンザに見舞われて、
私もその煽りを受けて出勤停止。ちょっと儲けた気分。ノンちゃんの散歩以外は家に閉じこもっている。

私は遺影の前でテレビを見て、遺影の前で飯食って、遺影の前でパソコン叩いて・・・そして布団に入ると面影をたどってしまう。苦しくなるのは解かっているのに。
まだ鮮明に蘇る。あ〜なんで逢えなくなっちゃたの。
言っちゃいけないのに、また言っちゃった。
「心の中に居ますよ」って言わなきゃいけないのに。
でも、あの日の以前は、普通に逢えていたんだよね。満面の笑顔にも逢えたいた。弾ける声も聞いていた。リアルに思い出すと苦しくて苦しくて。消えてしまいたいともがく。
でも、いつか面影もぼやけてしまうのだろうか。色あせていく写真のように。それは寂しくて許せない。いつまでも「ぼやけるんじゃない」私の頭。私の中の奈那は奈那のままで居て欲しい。私が召されていくときに奈那の笑顔がクッキリと喜びに換わるように。
2010.1.1【残されたもの】
年末から相当sencitiveになってて、
インフルエンザの予防注射に来た子の泣き声にも苦しくなったりして。
簡単に引き金を引いてしまいます。
常人にはとても解かってもらえない苦しみです。

mixiに書き込んだ悲しみの歴史を載せておきたいと思います。